糖センサーとそのシグナリング経路


植物以外の生物では、ヘキソキナーゼ(Hexokinase:グルコースやフルクトースをリン酸化する)が周辺の糖濃度のセンシングに関与していることが知られています(Rolland et al. 2001)。酵母では、hexokinaseIIがグルコース存在下でSnf1(糖シグナリング経路の重要なコンポーネントのひとつ)の機能を抑制します。一方、グルコーストランスポーターのホモログであるSnf3とRgt2はそれぞれhigh affinity、low affinityのグルコースセンサーとして働いています。これら2つのセンサーは、ヘキソーストランスポーター遺伝子の発現を調節しています。

 

動物のHexokinase(実際にはグルコースしかリン酸化しないのでGlucokinaseですが)はそれ自体は糖シグナリング経路には関与しないようで、(ちゃんと憶えてないのですが)その産物であるグルコースリン酸がシグナルとして働く、という話だったと思います。

 

植物のHexokinaseと糖シグナリング

 

酵母と同様に、高等植物でもHexokinaseが糖センサーとして働くと考えられています。Jang and Sheen (1994)は前述の光合成遺伝子のプロモーター領域にレポーター遺伝子をつけたコンストラクトを発現したトウモロコシのプロトプラストに、グルコースのアナログをかける、という処理を行いました。2-デオキシグルコース(Hexokinaseによってリン酸化されるが、それ以降代謝されない)を与えると、レポーター遺伝子の発現は抑制されました。一方、3-O-メチルグルコースや6-オキソグルコース(Hexokinaseによるリン酸化を受けない)を与えた場合には、レポーター遺伝子の発現に変化は見られませんでした。

 

さらに彼らは、Hexokinase発現量の少ないアンチセンス体をArabidopsisで作成しました(Jang and Sheen 1997)。野生型のArabidopsisをグルコースを含む培地(2-6%)で栽培すると、子葉の黄化、胚軸伸長の抑制が起こります。しかし、Hexokinaseのアンチセンス体では、このようなグルコースに対する応答は見られませんでした。このアンチセンス体に酵母由来のHexokinaseを導入しても、糖に対する応答は復帰しません。Hexokinaseの酵素としての機能だけを欠損したArabidopsisの変異株でも、高濃度の糖に対する応答は起こります(Moore et al. 2003)。これらの結果は、Hexokinaseの糖シグナルにおける機能が、その酵素活性とは独立であることを示しています。Hexokinaseは葉緑体の胞膜や、ミトコンドリアの外膜(Galina et al. 1999, Wiese et al. 1999, Giese et al. 2005)だけでなく、核内にも移動するという報告もあります(Yanagisawa 2003)。したがって、Hexokinaseは糖に依存した植物の発現応答に直接関わっている可能性があります。

 

Hexokinaseのシグナル伝達系とホルモン

 

Hexokinaseの下流についての研究は継続的に行われているようですが、はっきりしたことは分かっていません。糖シグナリングの下流コンポーネントの一部はABAやエチレンなどのホルモンのシグナル系と関与しているようです(Rolland et al. 2005)。Arabidopsisにグルコースを与える処理は、ABA生合成とそのシグナル経路に関与する遺伝子群の発現を誘導し、ABA合成量も増加させます(Cheng et al. 2002)。ACC(1-aminocyclopropane-1-carboxylic acid、エチレンの前駆体)を植物に与えると、芽生えで見られる糖の影響(子葉の黄化、胚軸伸長の抑制)が抑えられます(Zhou et al. 1998)。エチレン非感受性変異体の一部(ein1-1)はグルコースに対する感受性が高く、通常の生育条件下においてもRubisco量が減少します(Pierik et al. 2006, Tholen et al. 2007)。Hexokinaseのシグナル系はcytokininのシグナル系とも関与しているという報告もあります(Wingler et al. 1998, Hwang and Sheen 2001)。つまり、下流コンポーネントは複雑すぎて、きちんと理解されていないのが現状です。

 

Hexokinase以外の糖センサー

 

Hexokinaseが光合成遺伝子の発現に関与している、というのがこの業界のコンセンサスですが、植物にはHexokinaseから独立した糖シグナリング系も存在するようです。例えば、感染応答性の遺伝子(pathogenesis related genes:PR)はグルコースにより誘導されますが、この誘導はHexokinaseの経路とは独立に起こります(Xiao et al. 2000)。他には、chalcone synthase (CHS、アントシアニン合成の鍵酵素)、AGPase(ADP-glucose pyrophosphorylase、デンプン合成の鍵酵素)などがHexokinaseのシグナルとは独立に糖による調節を受けているようです。

 

糖シグナリング経路の一部は、スクロースによってのみ誘導されます。代表的な例として、SUT2によるスクロース輸送活性の調節が挙げられます(Barker et al. 2000)。SUT2は酵母のSnf3/Rgt2と同様に活性のないトランスポーターのホモログで、スクロースに特異的なセンサーとして働いていると考えられています。

 

この他には、ブドウでは、palatinoseというスクロースアナログによりグルコーストランスポーター遺伝子の発現調節が起こることが報告されています(Atanassova et al. 2005)。