インゲン葉のシンク-ソース転換にともなう糖による光合成抑制効果の違い

光合成のフィードバック阻害

 

葉の光合成速度は、光やCO2などの環境要因に直接影響されるだけでなく、光合成により作られた炭水化物の影響も受けます。特に植物を高CO2条件下で長期間栽培すると葉に多くの炭水化物が蓄積し、光合成速度は減少します。炭水化物の蓄積にともなう光合成速度低下のメカニズムに関しては、次の3つが提唱されていました。

 

1.  葉に蓄積したグルコースが、光合成関連遺伝子の発現を抑制する(Sheen et al. 1990)。

2.  デンプンの蓄積により、細胞間隙からRubiscoまでのCO2拡散コンダクタンス(葉肉コンダクタンス)が低下する(Nafziger et al. 1976)。

3.  細胞質に糖リン酸が蓄積し、光合成に利用できる遊離リン酸含量が減少する(Sawada et al. 1992)。

 

 

葉の炭水化物利用は葉の成長段階とともに変化する

 

一方、炭水化物の生産、利用のバランスは葉の発生段階により異なっているはずです。若い葉は呼吸による炭水化物の消費をまかなうのに十分な光合成をすることができないため、他の器官からの炭水化物に依存しています(シンク葉:図1)。葉の展開とともに光合成生産は増大し、光合成産物を他の器官へと送り出すようになります(ソース葉)。葉の機能がシンク葉からソース葉へと移り変わっていく時に、炭水化物の光合成への影響が常に同じであるはずがとは考えにくいはずです。そこで僕は2002-2006年の研究において、炭水化物が光合成に与える影響の葉齢にともなう変化を明らかにすることを目的とした研究を行いました。

 

図1: シンク葉とソース葉

 

葉は、その成長とともに、シンク葉からソース葉へと変化する。

実験方法: 糖を直接与えてみる

 

材料として、6 mMのNO3-イオン含む栄養液を与えて栽培したインゲン(Phaseolus vulgaris L.)の初生葉を用いました。初生葉の発生の各段階において炭水化物含量を増加させるため、根に20 mMスクロース溶液を1日あたり50 mlずつ、5日間与える処理(糖処理)を行いました(図2)。糖処理個体の初生葉において、炭水化物含量、光合成速度のCO2濃度依存性、Rubisco含量(仮説1の検証)、葉肉コンダクタンス(仮説2の検証)、遊離リン酸量(仮説3の検証)を播種後12、14、16、18、20日目にそれぞれ測定し、水と栄養液のみを与えた対照個体の初生葉と比較しました。光合成速度と呼吸速度からシンク-ソース転換の時期を推定すると、12日目の個体はシンクの時期(シンク期)に、14日目の個体はシンク-ソース転換の時期(シンク-ソース転換期)に、それ以降の個体はソースの時期(ソース期)に糖処理を行ったことになります。

 

図2: 糖処理のスケジュール

 

糖処理は光合成測定日の5日前から5日間行った。

 

実験結果

 

シンク期の糖処理葉では、対照葉と比較して炭水化物が増加しましたが、糖処理による光合成速度の変化は見られませんでした(図3)。シンク-ソース転換期の糖処理葉では、対照葉と比較してグルコースやスクロースが増加し、低CO2濃度での光合成速度が低下しました。ソース期の糖処理葉では、対照葉と比較してグルコース、スクロース、デンプンが増加し、どのようなCO2濃度条件においても光合成速度は低下しました。このときの光合成の低下は、Rubiscoの減少で説明することができ、炭水化物の蓄積による葉肉コンダクタンスや遊離リン酸の低下は見られませんした(図4)。

 

図3:炭水化物量と光合成速度の変化

 

a; 炭水化物量、b; 光合成速度。糖処理による光合成速度の低下はソース葉で顕著だった。

図4: Rubisco量、遊離リン酸量、葉肉コンダクタンスの変化

 

a; Rubisco量、b; 遊離リン酸量、c; 葉肉コンダクタンス。光合成速度の変化はRubisco量で説明できた。

 

 

以上の結果から、炭水化物の蓄積による光合成抑制効果は、葉がシンクの時には弱く、シンク-ソース転換期以降の葉で強いことがわかりました。さらに、光合成の低下はおそらく糖シグナリングにともなうRubisco遺伝子の発現抑制による、Rubisco量の減少が主な原因であることを示しました。

 

以上の結果についてまとめ、Plant & Cell Physiologyに2006年に発表しました。詳しくは論文を参照してください。