現在の仕事:概要

 

僕は2008年度からの研究で、栄養(特に窒素)が根の構造に与える影響について調べています。

 

植物は足を持たず、発芽したその場所から動くことができません。植物は発芽したその場所の環境に適応するため、その生理学的、形態学的特徴を環境に応じて変化させています。シュートの場合、以前研究していた各葉間の窒素分配や、葉の形態、角度などが光、窒素栄養環境によって変化することがよく知られています。一方、植物の根も環境に依存してその性質を大きく変化させます。

 

 よく知られているように、植物の根は①水分を吸収する、②栄養(肥料)を吸収する、③植物を物理的に支える、という3つの機能を担っています。僕が研究に用いているシロイヌナズナはロゼット植物(タンポポのようにシュートが環状に、地面に這いつくばるように形成される植物のこと)なので、根による物理的支持はそれほど重要ではありません。したがってシロイヌナズナに限って言えば、根は水分と栄養の吸収の2つの機能を持つことになります(物理的支持の調節機構を研究するためには、他の植物を用いないといけないということでもあります)。この2つのうち、水分吸収の調節には根やシュートが複雑に影響を与え合い(根の水分吸収はシュートの蒸散量、根圧、導管の毛細管現象に依存しているので、根だけで調節するのは難しい。この方が詳しいです)、水分吸収の環境への最適化が行われています。一方、栄養吸収は主に根で調節されている性質であり、ほぼ根のみを研究することで明らかにすることができます。

 

 植物の栄養吸収は根の2つの性質(根の長さあたりの栄養吸収と根の構造)に依存しており、ともに周辺の栄養環境に依存して調節されています。1つ目の根の長さあたりの栄養吸収は、栄養塩のトランスポーターやチャネルに依存しています。窒素の場合はアミノ酸トランスポーター、硝酸トランスポーター、アンモニアトランスポーターなどが働き、根からの窒素栄養吸収量を調節しています。根の構造も栄養環境に依存して変化します。21世紀初頭の研究で、植物の栄養吸収に関わるトランスポーターは次々と明らかにされました。一方、根の構造は複雑な上、研究に時間がかかるため、トランスポーターと比較すると研究は進んでいません。僕はこの根の構造、特に側根の長さ調節(根の構造の中でも調べるのに最も時間がかかり、そもそも調べ方もきちんと構築されていない)に注目して研究を進めています。

 

 

 植物が作物化され始めて約10000年ほど経ちますが(鉄・病原菌・銃)、作物化において重要視されてきたのは(根菜を除けば)主にシュートの特徴であったに違いありません。ほとんどの作物ではシュートに果実がつきます。果実のサイズや収量、収穫のしやすさ、味などによって選抜していった結果、野生植物は現在の作物の形に変化していきました。近年ではシュートの形(例えば、イネやコムギなどでは草丈が低い方が光合成効率もよく、台風などに対する耐性も高い)、病原耐性、乾燥耐性も作物を選抜する重要な形質となっています。一方、根の性質は作物化のなかでほぼ無視されてきました。現代においても、根の構造や栄養吸収特性を作物で調べるのには膨大なコストがかかります(掘るから)。これらのことを考慮すると、根の構造や栄養吸収効率を改善させることで作物をより良くすることができる可能性が未だに残されていると考えられます。僕自身は農学のことはわかりませんが、根の研究を行うことで100年後、200年後の作物の質を変えるのに貢献できれば良いのではないか、と思っています。

 

窒素栄養が根の構造に与える影響

 

窒素栄養は根の構造、特に側根の長さに影響を与えます(図1、Zhang et al. 1999, Linkohr et al. 2002, López-Bucio et al. 2003, Gruber et al. 2013)。極端な低窒素条件下では、主根、側根は共に短くなります。一方、1001000 μM程度の低窒素条件では主根、側根は長くなり、それ以上の窒素濃度条件下では、側根の長さのみが短くなります。

 

 さらに、窒素の量だけではなくその形態も根の形に影響を与えることが知られています。アンモニア(NH4+)を硝酸(NO3-)と同時に植物に与えた場合には、根の構造には影響は見られません。しかし、アンモニアを単独で与えた場合には主根、側根が短くなる一方、側根の数が増加することが知られています(Drew 1975)。アミノ酸であるグルタミンは根の形態にほとんど影響を与えませんが、グルタミン酸を植物に与えると主根が短くなります(Walch-Liu et al. 2006)。

 

 一方、植物の根の一部に窒素を与えると、窒素を与えられなかった場所と比較して与えられた場所の側根の伸長が促進されることがよく知られています(図)。窒素栄養による根の形態の調節には、“トランセプター(トランスポーター+センサー)”と呼ばれるセンサーとしての機能を持つトランスポーターや、転写因子などが関与していると考えられています(Zhang et al. 1998, Remans et al. 2006, Ho et al. 2009, Lima et al. 2010)。

 

図1:根の形態と窒素栄養

側根の長さは窒素栄養の影響を受ける。特に、部分的な高窒素条件では、高窒素部位での側根の長さが長くなる。

 

 

  ここ数年の研究によって、根の構造の調節機構は徐々に明らかになってきています(例えば、Wilson et al. 2013の図など)。しかし、側根の長さの調節については未だによくわからないことが多く、そもそも多くの調節機構は部分的な高窒素などの特殊な環境でのみその働きが明らかにされています(ANR1やNRT1;1などの窒素による側根伸長調節に関わっている遺伝子では、変異体を普通の培地で育ててもフェノタイプが見えない)。

 

  一方、側根の長さの研究方法に注目してみると、側根が生えるまで時間がかかるという問題があります(シロイヌナズナでは、10-12日ぐらい育てないと側根が目視できない)。側根の長さを比較しようとしても、1個体内ですら側根の伸長速度は各側根の間でバラバラですし、側根が発生した時期も異なります。

 

  側根の根端は一見主根と同じに見えますが、その性質は異なっています。例えば、側根は約45度傾いて伸びるのに対して、主根は真下に向かって伸びます。側根は主根による伸長抑制を受けています。なので主根を切れば側根は長くなります(頂端優勢)。しかし、側根を切っても主根の伸長には影響がありません。

 

  このように、側根は主根と異なる性質を持つため、主根とは異なる特別な生理的機構を持っているはずです。側根は根の形態の全容を決定している重要な要因であるにも関わらず(図2)、その研究は調べにくいために進んでいません。僕は、この側根の性質を決定している要素を調べると共に、側根の研究方法を整理することで、植物の根の形の決定機構を解明していこうと考えています。

 

図2:側根と根の形

側根の長さやその重力屈性は、根が占める土壌体積に大きな影響を与える。

CLE-CLV1カスケードが側根の成長を抑制する

 

 僕は2008年度からの研究において、CLEと呼ばれる遺伝子群が側根の伸長に与える影響を調べてきました。CLE1〜CLE7と呼ばれる遺伝子は低窒素条件で発現量が増加します。CLE遺伝子はシグナルペプチドをコードしており、このCLE1〜CLE7シグナルペプチドは、根でCLAVATA1という受容体と結合し、側根原基の成長を調節していることを明らかにしました。詳細はこのページで紹介します。

 

ベイズモデルを利用した根の構造の解析方法の開発

 

上記のように、僕は側根の長さに注目して研究しています。しかし、実際に側根の長さを測定したり、変異株・過剰発現株間で側根の長さを比較したりしていると、測定上の問題、側根の性質の問題により側根の長さ自体を比較することが困難であるということがわかってきました。そこで、ベイズモデルを利用して数式中のパラメータを計算することで、側根の長さを比較できるような方法を構築しました。詳細はこちらで紹介します。

 

CLE-CLV1カスケード下流因子の探索

 

 上記のCLE-CLV1カスケードによる側根の長さ調節の全容を明らかにするために、CLE-CLV1の下流因子の探索を行っています。現在はその過程で見つかった側根・主根の重力屈性と側根の長さに影響を与えている遺伝子について調べています。詳細はこちらに記載します。