インゲン葉の一部を低CO2、高CO2処理したときの個体内の葉の光合成、窒素分配への影響

 

光合成系の光順化と老化

 

葉の窒素含量は明るい位置にある葉ほど多く、暗い位置にある葉では減少し、葉の老化(植物では個体の一部が枯死する:老化が起こります。アポトーシスの一種と考えられています)が進みます(図1a、Hidema et al. 1991)。Weaver et al.(2001)は、シロイヌナズナの葉の一部を被陰すると被陰した葉の老化が促進される一方で、個体全体を同程度被陰した場合には、葉の老化が部分被陰と比べ遅れることを示しました(図1b)。この結果は、葉の窒素含量が各葉の光環境の差の影響を受けていることを示しています。しかし、光環境が葉の窒素含量を調節するメカニズムはほとんどわかっていません。

 

図1a: 群落内の光環境と各葉の光合成能力

 

群落内では、上部の葉ほど強い光を受け、下部の葉には弱い光しかあたらない。このような条件下で限られた窒素栄養を効率良く利用するために、葉の窒素含量は上部の葉ほど多くなるように分配されている。葉の窒素量と光合成速度には正の相関があるため、群落内の上部の葉は、下部の葉に比べて高い光合成能力を持つ。

図1b: 全体被陰と部分被陰の効果の違い

 

植物全体を被陰した場合には葉の老化はゆっくりと進むが、一部を被陰した場合には被陰した葉の老化は速く進む。この結果はHirose (1987)を利用した簡単なモデルから予想できるが、生理的機構はよく分かっていない。

光環境のシグナル候補: 炭水化物と光化学系の状態

 

光環境は葉の炭水化物量と光化学系の酸化還元度に影響を与えます。一方、葉の炭水化物量と光化学系の酸化還元度はともに光合成遺伝子の発現調節に関与しています(Escoubasら 1995)。炭水化物や光化学系の酸化還元度が、篩管を通じて他の葉へと伝わる可能性についても以前からの研究によって示唆されていました(Karpinskiら 1999)。したがって、炭水化物や光化学系の酸化還元度が、光合成遺伝子の発現を通じて葉の窒素含量に影響を与えるとともに、各葉間の光環境の差を検出するシステムにも関与している可能性があります。僕の2005-2008年の研究では、一部の葉の炭水化物生産と光化学系の酸化還元度が個体内の各葉の光合成能力、および窒素含量に与える影響を明らかにし、これらの部分被陰応答における役割を議論することを目的としました。

 

実験方法

 

ある葉の炭水化物生産や光化学系の酸化還元状態の変化が個体内の各葉の光合成におよぼす影響を解析するために、僕はインゲンの初生葉のみの環境(CO2濃度、湿度、温度)を自由に調節できるシステムを構築しました(図2)。特に、葉の周辺のCO2濃度は葉の炭水化物生産(高CO2で多く、低CO2や被陰で低くなる)、光化学系の酸化還元度(低CO2で還元状態に、高CO2や被陰で酸化状態になる)の両方に影響を与えます。本研究では、栽培17日目のインゲンの初生葉のみをそれぞれ150 ppm、400 ppm、1000 ppmの3つのCO2濃度環境で処理し、処理後2、6、10日目にそれぞれの個体の初生葉、初生葉の次に発生する第一複葉の光合成速度と炭水化物含量を測定しました。同様に、初生葉のみの光環境を50 micromol photon m-2 s-1になるように被陰する処理も行いました。

 

図2a: チャンバーの写真

 

チャンバー内のCO2濃度を調節することができる。チャンバー下部に温度調節された水を流すことで、チャンバー内の温度をある程度はコントロールできる。

図2b: 装置の全体図と1つのチャンバーの構造

 

チャンバー内に収められているのは初生葉。チャンバーの上部に出ているのが複葉。

 

(インゲンははじめに形の違う葉が出てきます。これを初生葉と呼びます。その後は、3枚の小葉を持った複葉が出てきます。)

結果: 光合成速度の変化

 

初生葉を150 ppmCO2で処理した場合には、360 ppm CO2条件で測定した初生葉と第一複葉の光合成速度の老化にともなう減少は抑えられました。一方、初生葉を1000 ppmCO2で処理した場合には、初生葉と第一複葉の光合成速度の減少が速まりました。初生葉を被陰すると、初生葉の光合成速度は速く減少し、第一複葉の光合成速度の減少は抑えられました(図3)。

 

図3: 360 ppmCO2で測定した光合成速度

 

PL: 初生葉、TL: 第一複葉。青が150 ppmCO2、赤が1000 ppmCO2、黒いシンボルが初生葉を部分被陰したものを示す。

CO2・被陰処理と光合成系の光馴化

 

処理後の光合成能力は、1.光化学系の活性 と、2.CO2固定の活性 の2つによって決まります。この、1と2の比を調べてやることで、その葉がどのような光環境に馴化しているのか調べることができます。この1と2の比を調べるために、Rubiscoの活性とクロロフィル量の比を取ってみました(Rubisco total activity/chlorophyll ratio, 図3)。この比は、一般的に陽葉で高く、陰葉で低くなります。初生葉では、この値が150 ppmCO2処理で高く、1000 ppmCO2や被陰処理で低くなりました。一方、第一複葉でも同様に、初生葉を150 ppmCO2処理した場合には高く、第一複葉を1000 ppmCO2や被陰処理した場合には低くなりました。このような変化は、、初生葉自身の光馴化とともに、第一複葉の光馴化も初生葉の光化学系の酸化還元度に依存して変化することを示唆しています。

 

図4: Rubisco活性/クロロフィル量の比

 

この値が高いほど陽葉的、低いほど陰葉的な光合成系を持つことを示す。

炭水化物量の変化

 

初生葉の炭水化物量は、150 ppmCO2処理や、部分被陰処理で減少し、1000 ppmCO2処理することで増大しました(図4)。CO2処理、部分被陰処理はともに第一複葉の炭水化物量には影響を与えませんでした。したがって、炭水化物が初生葉から第一複葉に移動して直接的に第一複葉の光合成に影響を与えている、ということはないと考えられます。しかし、初生葉の炭水化物量が、中間的な(ホルモンなど)シグナルを介して第一複葉の光合成に影響を与えている可能性は否定できません。

 

図5: 炭水化物含量

 

第一複葉の炭水化物含量は初生葉の環境の影響を受けない。

 

 

以上の結果から、初生葉の環境が他の葉の光合成能力に影響を与えること、初生葉の酸化還元度は他の葉の光馴化に関与している可能性があること、初生葉の炭水化物が直接他の葉に移動してその光合成に影響は与えていないことを明らかにしました。結局は元々の目的である、窒素分配に影響を与える光情報を介在する因子についてはよくわからなかったのは残念です。また機会があればチャレンジしたいと思っています。詳細は2008年度の論文を参照してください。